またたびちと@羊毛フェルト犬猫人形

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*お知らせ*

**【重要】販売再開のお知らせ**
ハンドメイドサイト「tetote」のサイト終了に伴い、作品の販売を一時停止しておりましたが、この度ハンドメイドサイト「minne」にて販売を再開いたしましたのでお知らせいたします。
ご迷惑・ご不便をおかけし、大変申し訳ありませんでした。

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フルーツケーキとペットロス

「あの子、ご飯食べたかな」
テトが生きている時、私はいつもそんな事を気にしていました。
獣医師から、「もう長くは生きられないだろう」と告げられた時、自身の震える膝にすら対処できない私の脳は、“食べさせなければ。そして食べなければ”…と無意識に考えていました。

私の中には、「食べていれば大丈夫。生き物はずっと生きていられる」…という、何を根拠にしたのかわからないけれど絶対的な信念のようなものがあります。

“食べてくれれば大丈夫。テトはずっと生きていてくれる”


ハイカロリーな猫缶をレンジで温め香り立たせてみたり、スポイトに入れた猫用ミルクを水のように装って与えてみたり…と、今思い返すと独り善がりな手練手管で、何とか食事をしてもらおうと必死になる日々がはじまりました。

それでも、だんだん食べられなくなっていく姿に絶望し、打つ手がないものの諦められず「身代わり地蔵」なるものに参拝し、テトは人じゃないから駄目なのかもと思案して「馬頭観音」なるものを見付け出し参拝し、それでも食欲は戻らずに再度絶望し、自身の愚かさを呪って本を読み、やっぱり理解できずに再度神仏にすがりつく。

夏の暑い盛り、目まぐるしく変わっていく小さなあの子の病状に為す術の無い私は、正気の沙汰とは思えない所業を積み重ねながら日々を過ごしていきました。



「100年あったら良かったのに」…当時書いた日記には、こんなフレーズがありました。
でも今思い返すと、例え神様から100年という時間を与えられたとしても、私達は「1000年あったら良かったのに」と宣うのだと思います。
生き残った方が後悔しない死なんてあるのだろうか…それが人間でも、動物でも。


7年前の今日、テトは亡くなりました。
辛い記憶は努めて排除しようとする私の脳は、あの頃、何を考えながら日々を過ごしていたのか多くは覚えていません。

でも1つだけハッキリと覚えているのは、「食べなければ」と思った事です。
夏バテや心労で食欲は無いけれど、とにかく「食べるんだ!」と思って食事を作りました。
甘いのか辛いのか、美味しいのか不味いのかすらわからない、ただ咀嚼して栄養を摂るだけの食事。



そんな食事を数回重ねたある日、フルーツケーキを食べました。
ラム酒に浸けた乾燥フルーツや胡桃を生地と混ぜて焼いただけの簡単な料理でしたが、美味しかった。テトが亡くなった後「美味しい」と知覚できたのは、このフルーツケーキが初めてでした。

切り分けたケーキはカラフルで美しく、ラム酒を含んだフルーツはほろ苦いけれど噛めば噛むほど味わい深い。濃厚な味のする胡桃には、噛み砕いて飲み込むとそのままエネルギーになるような力強さがありました。


その時ふと、テトと暮らした日々はこのフルーツケーキみたいなものだったと思いました。



内気で運動音痴なテトを観察し、可哀想な部分だけ飼い主に似てしまったと苦々しく思った日々。テトの寝息に至福を覚え、どうか怖い夢を見ませんようにと祈った甘やかな日々。あの子はご飯を食べただろうかと本気で心配していた、カラフルな日々。

そんな日々の全てが、ゆっくりと消化され、私を創るエネルギーとなり、私の人生を豊かにしてくれた。
テトと過ごした日々は、テトが亡くなったからといって失われたのではなく、今も私の内にあり、今後もあり続ける細胞になった栄養素のような類のものなのです。

ペットロスのロスはloseが語源ですが、ペット達が亡くなったからといって、私達飼い主は何ひとつとして失うものなど無いように思います。
幸福や喜びの甘味も、喪失感や悲しみの苦味も。あのフカフカした生き物達が私達に与えてくれる、人生をカラフルにする贈り物だったように感じます。


私に会ってくれて、ありがとう。
あなたが今いるその場所で、幸せでありますように。

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6度目の命日

テトが亡くなって6度目の夏がきました。
地球に大接近中の火星が夜空を綺麗に飾る、特別な夏です。

6年経った今でも、一日たりとも死んだあの子を思わない日はありません。
時間をやり過ごすことは、ある程度の助けになりました。
その意味で、制作に膨大な時間と労力を要する羊毛フェルトとの出会いは、ペットロスの苦しい時期、私を助けてくれました。
きっと没頭できれば何でも良くて、それがたまたま羊毛フェルトだったのかもしれません。

例えそれが偶然だったとしても、「あの子を失ったことで、自分は羊毛フェルトと出会えたのだ」…と、そう思いたいのです。
あの子が背中を推して、私に多くの人形を作らせたのだ…と。
そうすればずっと、私の中でテトは生き続けてくれるような気がするからです。

愛猫との別れにより、飼い主が負う傷は深いです。きっと永遠に癒えることは無いでしょう。
それでも、彼等と一緒に過ごす時間は余りある幸せを私達に与えてくれます。

残された私達にできることは、多くのことを楽しみ、良い人生を送ること。

今ペットロスで苦しんでいる方も、きっと大丈夫です。
喪失の苦しみを埋める何かを見つける能力は、産まれながら私達に備わっているのだから。


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うちの子になってくれてありがとう。
あなたが今いるその場所で、幸せでありますように。

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5回目の命日

テトを初めて見た時、「世の中に、こんなに可愛い生き物が存在するのか!」と驚きました。

一緒に生活して、色々なテトを見ることができました。
箱を見つけると入らずにはいられないところ、耳の後ろや尻尾の付け根を触ると喜ぶところ、見慣れない物は必ずチェックしにくるところ…どんなテトも愛らしく、愛おしくて仕方がありませんでした。

亡くなった後、前を向くために羊毛フェルトをはじめました。
趣味というものは、1人淡々と楽しんでいくものだと思っていましたが、羊毛フェルトを通して沢山の素敵な出会いがありました。

テトはいつも、私に新しい世界を見せてくれます。

生前も死後も、私の人生に良い影響を与え続けてくれています。

そんな猫を称えるには、地球上の愛だけでは足りないのです。

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いつまでも大好きです。
あなたが今いるその場所で、心安らかでありますように。

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古傷の痛み

ノスタルジーの語源はギリシャ語で『古傷の痛み』という意味だそうです。
日本語では『懐かしさ』や『郷愁』という翻訳がされていますね。

今日はテトさんが亡くなって、4回目の命日です。
お豆腐メンタル寄りな私ですが、もう思い出しても悲しく無いところまで回復しました。ペットロスからは抜け出したと思います。

ただ、悲しくは無いにせよ、テトの事を思い出す度に胸の奥に少しだけ痛みのような感覚を覚えます。
鮮明な痛みではなくて、じわじわとした鈍痛のような痛みです。
かつて存在した温もりを、今この手に感じることができない痛み。


『ノスタルジー』を『痛みを伴う懐かしさ』と訳すのならば、私にとってテトさんとの思い出がそれを感じさせられる最たるものです。
悲しみが癒たら思い出が残りました。
この痛みは、私の宝物です。大切にします。


羊毛フェルト ペットロス

思い出を抱きしめて。あなたが今居るその場所で、心安らかでありますように。


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命日

今日はテトさんの命日。 もう、3回目になりました。

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今年はようやく、納骨を済ませる事ができました。色々と感慨深いです。

またいつか、どこかの時代で、私達の歩む道が交わることを願って。
あなたが今いるその場所で、心安らかでありますように。

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